その日、バルフレアを見かけたのは全くの偶然だった。特に何をするでもなく歩いていると、どうも見覚えのある背中が見えたのだ。しかもその背中は、やや道を外れた地べたに座り込み、なにやらしているようだった。普段の彼なら絶対にやりそうにない姿だ。こう言っては悪いが、彼には格好をつけたがる癖がある。地面にしゃがんで何かしているなんて、どう贔屓目に見ても格好が付かない事をやるとは思えない。
珍しいバルフレアの姿がすこし気になって、私は彼の方へ歩いていくことにした。どうせすることなどないのだ。舗装された道を外れると、意外に柔らかな土の感触が足に伝わる。
さくさくと音を立てながら、バルフレアの近くまで進む。もう、背後に誰かが近づいてきていることには気付いているだろうに、彼は一向に動こうとしなかった。相変わらず道に背を向け、地面を何やらいじっている。
「…何をしているんだ?」
やがて、バルフレアが何やらしているすぐ隣まで来てしまったので、そのまま突っ立っているわけにもいかずに問いかける。すると彼は顔も上げず、動きも止めずに、声だけで返事をした。
「そーそー」
「…何だって?」
飛び出した単語の意味が分からずに問い返すと、彼は面倒くさそうにこちらを向いて、再び言葉を発した。今度は先程よりもゆっくりと、発音を区切るようにして。
「葬送」
「…葬送行進曲の?」
「ああ」
バルフレアは、私のあんまりといえばあんまりな疑問にも律義に答えたが、それを言い終えると、自分の背後に対する興味をまるで無くしたように、目線を手元へと戻してしまう。よく見てみれば、彼は穴を掘っていたのだった。
しかし、その穴の中に納めるべきものが見当たらない。
「…いったい、何を送る?」
私の問いは、しばらくのあいだ黙殺された。バルフレアは黙々と土を掘り、ときおり爪につまった砂利をいまいましそうに掻き出している。彼は素手で土を触っていたのだ。
やがて、満足できる深さを掘り終えたのか、バルフレアの腕が止まった。
「アイツ、死体なんか残していかなかっただろ」
ぼそり、と聞き取れるか聞き取れないかの小声でバルフレアが呟いた。
──あいつ。彼の言うあいつとは、
「君の父親のことか」
「…死んでも死体を残さないなんて芸当、人間には出来ねえよ。そんな化け物じみた奴を、父親と呼んでもいいのかねぇ」
自分の言葉にくつくつと笑いながら、今度は穴を埋める作業に取り掛かったようだ。せっせとあたりの土をかき集め、被せていく。そしてある程度土が溜まると、上から力を込めて押さえつける。その繰り返し。
「だけどな、」
「…………」
「アイツは化け物になってたかも知れないが、…狂ってはいなかった。操られてたわけでもない。馬鹿みたいに正気だった」
最後にどこからか拾ってきた木の棒を突き刺して、体裁を整える。それが終わるとバルフレアは立ち上がり、自分が作った『墓』を値踏みするように眺めた。
「だったら、それでいい。自分のやりたいようにして死んだんだから、本望だろ。…まあ、おかげでこっちは大迷惑だったが」
ううん、と呻きとも唸りともとれる声を発しながら、バルフレアが伸びをする。それと同時に、ぼきぼきと骨の鳴る音が聞こえてきた。おそらく長時間を同じ姿勢で過ごしていたのだろう。…あの『墓』を作るために。
埋葬という行為は、祈りにとても似ている。もしかするとそれは、まったく同じものなのかもしれない。少なくとも根は同じであるように思う。長い時間をかけて、彼は何を祈ったのだろう。この、からっぽの『墓』に向かって。
「君は…何を祈る?」
「ん?この土饅頭にか?」
「そうだ」
身体の隅々までを伸ばすように、ぐるぐると様々な部位を回す運動を続けながら、バルフレアが唸る。そして普段なら考えられないような間抜けな格好のままで、答えた。
「そうだな、とりあえず、向こうでは人様に迷惑掛けるな、だな」
そう言って振り返ったバルフレアは、妙に清々しい顔をしていた。…と言うよりも、あれは幼い表情と言うのかもしれない。とにかく、彼らしくない、けれど違和感のない顔だ。
「…それが君の答えか」
「後始末してやる奴がいないんじゃ、他人様に申し訳ないだろ」
「ああ、…まったくだ」
呟いた私の横を、バルフレアが通り過ぎていく。その姿はもう普段通りに戻っていて、足音さえどこか気取ったような感じがした。


彼はその足で日常に戻っていくのだ。


「…いつぞやは、どうも。将軍」
かけられた声に反応して振り向けば、バルフレアは背を向けたままひらひらと手を振っていた。そしてそのまま遠ざかっていく。普通の神経を持った人間ならまずやらないような、芝居染みた振る舞いに思わず苦笑した。

彼は逃げることをやめたようだ。


バルフレアはパパ大好きッ子だったらいい。
あんまりパパが好きなもんで、虚空に向かって喋るパパに
堪えられなくなって出てきたりしたらいいよ。

そしてバッシュの父性に絆されてしまえ。

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