後に私は報告を受ける。
『反乱分子の残党が駐留軍に奇襲攻撃、被害は甚大』
それは、バッシュの言うように対話を設けていれば防げた事態だったのだろうか。今となっては分からない。ただひとつ確実に言えるのは、その状況を招いたのは、私の中途半端な甘さのせいだということだ。私の甘さが無用な死骸を作ったのだ。
武力をもって制圧するなら、上が言うように根刮ぎ焼き尽くしてしまわなければならなかった。平和的解決を望むなら、決して軍をけしかけてはならなかった。
しかし私はどちらも選ぶことができず、その間を取った。うまくやったつもりでも、そこには明らかに無理があったのだ。…今思えば、私は世の中を甘く見ていた。
そのツケを払う時期が来たと、要するに、そういうことだったのだ。報告を受けた私は、すぐさま城を離れて現地へと舞い戻り、残党狩りに勤しむこととなった。
ゲリラ戦を行う相手と戦うのは骨の折れる、しかも胸くその悪い仕事で、予想以上の時間と体力と気力を消費した。そのため、兵士たちは私を含めて一人残らず死人一歩手前のような状態だった。
…そして不幸な事に、戦っているあいだ私の頭には、城で聞いたバッシュの言葉が響き渡っていた。それは現状に沿った、残酷なまでに的確な台詞だった。ああ、お前の言うとおりだ。私は愚か者だった。だが、今更知ったところでもう遅い。あまりに多くが死にすぎた。
王都に戻って来たときには、心身ともに限界が近かった。
ようやくのこと自室に辿りつくと、無性に酒を飲みたくなった。いや、それは飲みたいなんて生温いものではなく、飲まなければならない、という強迫観念に近かった。とりあえず手近な酒瓶を掻き集めて、片っ端から口を付けていく。アルコールで喉が焼ける感覚が心地よい。その気分に任せて、水でも飲むように度数の高い酒を片づけていった。
瞬く間にあたりは空の瓶だらけになり、部屋中に酒の臭気が満ちているのが分かったが、それでも私は酒を呷りつづけた。理由は単純で、酔わなかったからだ。戦場から帰ったばかりのせいか、気が昂ぶっていて一向に酔う気配がない。もはや、半ば意地のようになって酒を飲んだ。しばらくするとバッシュが訪ねてきたので、片手に酒瓶を持ったまま部屋に招き入れる。中に入った途端に顔をしかめていたので、相当に酒臭かったのかもしれない。もう嗅覚が麻痺して何も感じなくなっていたので、来訪者の反応は意外に思えた。
中に入ると、バッシュは言葉すくなに私の働きを労い始めた。味方の死者が少なかった、だの、ああいった戦いで兵の士気を保つのは大変な事だと知っている、だのと話しかけてくる。しかし私はそれをほぼ聞き流して酒ばかり飲んでいた。
「…あまり、思い詰めるな」
バッシュが、私の短慮を咎めたのと同じ口で、今度は慰めの言葉を吐く。それを聞いたとき、それまでのように聞き流す事が出来なくなって、目の前が暗くなるのを感じた。そんなことを言うくらいなら、いっそのこと罵ってくれれば良い。それ見たことか、お前はなんと愚かなのだと言え。それはそれで吐き気がするほど不愉快だろうが、おそらくそれでも今よりはましだ。
「お前が、お前がそれを言うのか。…だれのせいで」
向けられるバッシュの視線が鬱陶しくてならない。それは痛ましいものを見る目だ。私が愚かで、無様で、哀れで仕方がないとでも言いたいのか。そんな目で見られるくらいなら、死んだ方が良いとさえ思う。
どうにもいたたまれなくなって、持っていた酒瓶をそのまま床に叩きつけた。ガラスの割れる澄んだ音と共に、濃厚な酒の臭気が立ち上る。つられるようにしてバッシュの視線がそちらに向けられ、私はやっと一息ついた心地になった。しかしそれも一瞬のことで、今度は咎めるような目でこちらを見る。…そんな目で私を見るな。
「ウォースラ、」
「黙れ!聞きたくない。何も聞きたくないんだ、黙ってくれ!」
「…………」
「こんな事に…なるはずではなかった」
気づけば、私はバッシュの胸に顔を寄せるようにしてしがみ付いていた。これ以上バッシュの視線を受け続けるのに堪えられなかったのかもしれないし、何か他に理由があったのかもしれない。とにかく、頭の片隅では何て格好悪いことをしているんだろうと思ったが、そんなものは無視してしがみ付き続けた。息をするたび、喉の奥からは嗚咽とも呼べないほどの奇妙なうめき声が漏れる。情けない。しかしどうにもならないので、放っておくしかない。その時は、そんなことなどどうでもよく思えるほどに、ただ目の前の人物に縋っていたかったのだ。そして再び気づいたときには、目の前にバッシュの首筋があり、私はそれに噛りついているところだった。相当強く噛んだのか、うっすらと鉄の味がする。そのまま傷口に舌を這わせると、より強い鉄の味と生臭さを感じた。傷がしみるのか、バッシュの体がすこしだけ強ばる。
自分のしていることの異常さに気付いて顔を上げると、困惑したような表情のバッシュと目が合った。だが、すこし視界が霞んでいて、細かなところがよく見えない。無意識のうちに瞬きをすると、目頭のあたりを生暖かいものが流れていくのを感じた。目を開けば、バッシュが驚いたようにちいさく目を見張っている。
──何に驚いている。
いぶかしく思っていると、バッシュの手がこちらに伸びてきて、目のあたりを親指でなぞられた。離された指には透明な液体が付着している。
「…ウォースラ、泣くな」三度気づいたときには、私はバッシュを押さえつけるようにして、彼に口付けをしているところだった。自分でも、自分が一体何をしたいのか良く分からない。馬鹿げている。非常識にも程がある。しかしバッシュは何故だか何の反応も示さなかったし、抵抗もしなかった。ここでもし、バッシュが何らかの行動を起こして私を止めていたら。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。だが、私はそう思わずにいられない。
その晩、私は生まれて初めて男を抱いた。それはごつごつとしていて、柔かさがなく、抱いていて良い気分のするものではなかったが、とても暖かかった。むしろ焼け付くように熱かった。内部に押し入ったときに、思わずといった様子で聞こえてきた呻き声すら愉快なものではなくて、途中で何度も萎えそうになったが、入れてしまえばどうにかなるもので、結局最後までしてしまった。
すべてが終わってから、自分はなんて馬鹿らしい事をしたのだと思って、いっそのこと逃げ出したいような気分になった。男を、それも同僚を相手に盛って、突っ込んで、達してしまった。あまりに馬鹿げている。笑い話にもならない。ああ、もう勘弁してくれ。
バッシュさんは愛すべき馬鹿ですが、
ウォースラさんは救いようのない馬鹿だと思う。
ちょ、ウォースラお前、それより他に何か言うことあるだろ!