自慢をするわけではないが、あの頃の私は無敗で知られる将軍だった。それには将軍職を仰せつかってから日が浅かったことも関係していたが、いくつもの戦場へ軍を率いて出向き、勝利して帰ったことは間違いない。そして、自分には経験の少なさを補えるだけの才気があり、だからこそ結果がついて来たのだと自負していた。
結論から言えば、それはただの勘違いだったのだが。
しかし、あの時の私はそれを分かっていなかった。だからこそバッシュが止めるのも聞かず、意気揚々と出陣していったのだ。過信と、功名心とを引っさげて。つくづく愚かだったと思う。だが、それに気づかないからこそ愚かなわけで、当時はそんなことを考えもしなかった。
そして、愚者は旅に出しても愚者のままで帰ってくる。
ここ数日酷使した剣を持って、足早に武器倉庫へ向かった。早く然るべき手入れをしてやらないと、後々になって困るのは自分だ。もちろん剣など使われないに越したことはないが、飾っておくにしても血脂で曇っていてはどうにもならない。どちらにせよ、手入れは欠かせないのだ。
重い扉を開けて倉庫へ入ると、そこには既にバッシュが陣取って何やらしていた。扉の音に気付いたらしく、静かにその場で立ち上がる。
「……戻ったのか」
「何だ、戻ってはいけないような口調だな」
どことなく硬い表情のバッシュに苦笑しながら、その隣まで進んで剣を置いた。そのまま光にかざして刃こぼれの具合を見る。思っていたより状態が良い。
「いや、戻ったら一番にここへ来るだろうと思って待っていたのだ。…よく戻ったな」
その言葉に軽くうなずいて応えると、すこしだけバッシュの表情が和らいだ。王都を出て行くときにひと悶着あったから気にしていたのかもしれない。でかい図体に似合わず、意外とバッシュは細々としたことを気にする質だ。
私が乾いた布で剣を磨きだすと、バッシュが肩をすくめて、殊更さりげなさを装うように言った。
「…人質は全員無事だったそうだな」
「ああ。いやに情報が早いな」
「城中その話題でもちきりだからな。さすがはアズラス将軍だ、と」
大真面目な顔でそう言うバッシュに、少々面食らってどう反応していいか迷った。本人は何とも思っていないのだろうが、同僚から面と向かって『さすがは』などと言われるのは居心地の悪いものだ。
「…お前がそんなことを言うと気味が悪い」
「そうか?」
「そうだ」
今、私はおそらく微妙な表情をしているのだろう。私の顔を見て、バッシュがすこし笑った。
…いつも思うのだが、バッシュの笑い方は子どもと同じだ。誉めているわけではない。貶してもいないが。要するに、どうも全体が弛緩したような、情けない印象を相手に与えるのだ。
しばらく笑った後で、ふと思い出したようにバッシュが表情を引き締めた。そして姿勢を正し、まっすぐ私のほうを見て呟く。
「…このまま、」
「何だ?」
「このまま、何もなければいいのだが」
何か。バッシュの言う『何か』とは何だ。それは、出陣前に彼がしつこく気にしていたことなのだろうか。まだ飽きずに気にしているというのか。私が良い知らせを持ち帰った、この期に及んでも。
「まだ、そんなことを言っているのか」
先ほどまでの、妙に穏やかな気分が吹き飛んでいく。あれだけ働いたというのに、バッシュはまだ下らないことを気にしている。私の働きなど、何にもならないとでも言うように。そこまで信用ならないなら、自分でやればよかったのだ。
「…そんなこと、とは言っても」
「そんなこと、だ。もうその件は片づいた、そうだろう?」
私の言葉にバッシュは押し黙って、しかしまだ何かを言いたそうにしている。一体何だというのだ。
不満そうなバッシュの顔を見ていると、突然腹の底から熱いものが込み上げてきた。その感覚は何なのかしばらく戸惑ったが、気付いてみればそれは苛立ちなのだった。自分はいま、煮えくり返るほどの苛立ちと怒りを感じている。
「…お前の下らない不安は、出陣前に聞き飽きた」
はあ、と聞こえよがしな溜め息をついて、いまだ汚れたままの剣を持つ。それを携えて立ち上がり、扉のほうへと向かった。このまま、ここにいる気になれなかったのだ。剣には可哀想なことだが、直接生死に関るわけではない。
「終ったことに何やら言うのは、小さい奴のすることだ」
そう言い捨てて扉を開けると、背後からバッシュの声が追ってきた。
「…終っていないことを終ったと言うのは、愚か者のすることだ」
一瞬、振り向いて近寄っていって殴りつけてやろうかと思ったが、思い直してやめた。こんなにも武器に囲まれた場所で乱闘騒ぎを起こしたら、音を聞きつけて人が来る頃には、どちらかが既に死体になっているかもしれない。さすがに王城でそんなことはできない。
私はバッシュを無視し、扉をくぐって後ろ手に閉めた。城に着いた頃の、勝利がもたらす晴れやかな気分はすっかり無くなり、戦いを終えた後に特有の、どろりとした嫌な気持ちばかりが残っている。いつもなら嫌な気分のほうが無くなるはずだった。仲間と勝利を分かち合い、友と無事を喜び合えば、自然と消えていくものだったのだ。…しかし、今日は。
この扉を一枚はさんだ向こうにはいまだにバッシュがいて、下らない心配をしているのだろう。お前はいつまでもそうしていればいい。
…そして、その日の深夜、私は自分の愚かさを思い知ることとなる。
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俺はこんなに頑張ったのに、
お前はまだつまんないこと気にしてるのかよ!
ちょっとは褒めてくれてもいいじゃん!
(ウォースラ心の叫び)