ああ腹が立つ。誰でもいいから殴ってやりたい。やっぱり、何があろうとこんな街に来るべきじゃなかった。国ひとつ潰れようが人が死のうが、そんなの俺の知ったことじゃない。楽しく空を飛べればそれでいいじゃないか。地上の奴らは勝手に殺しあってろ。
「バルフレア」
それに、頼んでもいないのに付いて来る奴も気に喰わない。ついさっきまで、殿下殿下って王女サマの後ろくっついて歩いてたくせに、今度は俺の金魚の糞かよ!俺はあいつのお姫サマじゃねえ。
「少し待てと言っているだろう、バルフレア」
しかも街中で名前を連呼するな。あまつさえ指差したりするな。ああイライラする!この街の住人が他人に無関心でほんとうに良かった。今この瞬間ほど、それに感謝したことはない。
「人の話を聞け」
とうとう袖を掴みやがった。破れたらどうする。今のお前には到底弁償できない代物だぞ、自分で責任取れないことはするなよ!
「バルフレア、」
「うるさい黙れ。しまいにゃ殴るぞこの野郎。分かったらとっとと失せろ」
「…分かった、殴っていいから少し止まれ」
本人から許可が出たので、俺は遠慮なく拳を繰り出した。いい音がして、腕に確かな手応えが伝わる。ただ明日からのこともあるので、場所は胴体ではなく顔面にしてやった。口の中は切るかも知れないが死にゃしない。
「失せろ」
「…殴ったのだから、約束は守れ」
そう言いながら俺の腕を掴んでくる。何だっていうんだ。俺が何かしたか?こいつは何の権利があって、俺の行動を妨げるんだ?そりゃ、殴らせてくれたことには礼を言わなきゃならないかも知れんが。ありがとよバッシュ、アンタはサンドバッグに生まれたほうが幸せだった。
「…バルフレア」
「なんだよ」
「鏡は見たか?」
「あいにくと俺は、自分の顔を見てうっとりする趣味がなくてね」
「泣きそうな顔だぞ」
だから追いかけて来たっていうのか?放っておいてくれ!俺がどんな顔してようが、お前には関係ない。不愉快なら目でもつぶってろ。大体、俺が泣きそうなんて、そんなことあるか。大の大人が、街のど真ん中で泣きそうだなんて、そんな格好悪いこと。…あるわけがない。
「…殿下から聞いた。ここには君の父親がいるそうだな」
ああ、ついさっきまで何も知らなかったオッサンが、訳知り顔で俺に説教する。もういい加減にしてください。あの女も、生まれはいいくせに口が軽すぎるんだよ!くそ、余計なこと喋るんじゃなかった。
「それがどうした、俺だって木の股から生まれてきた訳じゃないからな。母親も父親もいるさ」
「もし、そのことが関係してるのなら、」
「第一に、俺は泣きそうになんてなってない。第二に、あの狂人は関係ない」
「…家族に関することで、そうやって逃げに走るのは良くない」
俺がいつ逃げた?逃げられないと思うから、こうして来たくもない帝都まで来てるんじゃないか。もう充分だろう?ああ、忌まわしい血の絆!無視したいのにさせてくれない。俺は心底うんざりしてるのに、知らないうちに巻き込まれている。逃げられない。
「俺が、いつ」
「逃げているのではないのか?」
「眼病悪化させて死ね」
「父親に会いたくなかったり、過去と向き合いたくなかったりするのだろう。だが殿下と出会って逃げきれなくなったから、仕方なく戻ってくることにしたのではないのか?しかし不本意なことだから苛々して私を殴りもしたし、自分でもそれに気づいているから、情けなくて泣きたくなるのだろう」
うるさい。うるさい黙れ、お前に何が分かる。いったい何が悲しくて、こんな単純馬鹿に精神分析されなきゃいけない?俺はそんなに単純な構造してねえよ!黙れ!
「俺、は」
「…べつに偉そうなことを言いたい訳ではない。ただ、泣きそうな子を放ってはおけなくてな」
泣きそうになんてなってないって言ってるだろ、話聞かない奴だな。もういい、アンタはそうやって人のことばっかり気にしてろ。俺は俺で勝手にやるから。まったく、何で俺はこうも苦労性なんだ?一番の頭痛の種は、今も元気に悪行働いてるしな!見たくないのに見ざるを得ないデカさの悪事を、ぽんぽんこなしてくる。勤勉過ぎて頭が下がるね。だから空を飛んで遠くまで行ってしまいたかったのに、今度はお空にまで進出してきやがって、って何言ってるんだ俺?
「……」
「お節介だったな」
ああ、ちょっと止してくれ、俺。まさか泣くんじゃないだろうな?こんなオッサンに古傷探られたくらいで泣くんじゃないだろうな?もう少し頑張ってくれよ。この数年間、欠伸したときだって涙なんか流さなかったじゃないか。さあ、今こそあの健闘ぶりを見せてくれ!
「…バルフレア」

結局、俺の涙腺は長年の防戦に堪えかねて職務を放棄しやがったらしい。


ウチのバルフレアは心が弱そうです。


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