自分で言うのもどうかと思うけども、育った環境のせいか、俺は人一倍タダ飯が好きだ。奢ってくれるという申し出には、よほどのことがない限り付いていく事にしている。たとえば、いかにも人身売買に関っていそうなオジサンだとか、そういうのでない限りは付いていく。貰えるものは、相手の気が変わらないうちに貰っとかなければならないのだ。それには迅速な判断力が要求される。
だから、夕飯時にブラブラしてたらバッシュが声をかけてくれて、ついでだから奢ってもいい、と言ってくれたときには、とりあえず満面の笑みをうかべて即座に頷いた。バッシュは人身売買のバイヤーでもなければ、麻薬密売人でもなく、もちろん怪しげな宗教の勧誘でもない。ただの脱獄犯だ。断る理由がこれっぽっちもない。
これから腹におさまるであろうタダ飯に想いを馳せながら、うきうき弾むような足取りで、バッシュの後ろを付いて行く。きっと行き先は酒場に毛が生えた程度の飯屋だろうが、酒場おおいに結構じゃないか。なにしろ、俺は酒のつまみで大きくなったといっても過言じゃないヒトだ。ラバナスタにいたころは、砂海亭の残り物にたいへんお世話になった。
ふんふん、と鼻歌を歌いつつ、バッシュの背中を追いかける。そういえばバルフレアはどうしたのかな。この様子だと先に行って待ってるってことはないだろうし、どうせまたどこかの、出る飯の量が少ないくせに値段ばっか高い、洒落たところで食ってるんだろうな。まあどうでもいいや。飯は質より量、見当たらないバルフレアより目前のバッシュだ。
でもちょっと待てよ、それってつまり、俺とバッシュの二人で向き合ってお食事ってことか?なんだか微妙だなあ。だけど奢ってくれるっていうんだから、贅沢言ってられないよなあ。…うん、とにかく腹一杯になれば何でもいいや。目の前に居るのがキレイな女のひとじゃなくてムサイ将軍でもいいや。
そんなことを考えながら跳ねていると、バッシュはお目当ての店を見つけたのか、すたすた中に入って行く。あわてて後を追う俺。忘れられたら大ごとだ。ムサイとか思ってごめんなさい、お願いですから見捨てないでください、夕食…じゃなくてバッシュ。

店に入ると、バッシュは脇目も振らずにひとつのテーブルに向かって行った。そこには先客、というか連れ、というか、要するに待ち合わせをしていた奴がいて、先に食前酒を飲んでいる。もちろんバルフレアじゃない。ウォースラとかいう、アーシェの部下?の将軍サマ。どちらにしても男ばっかりなことに変わりはないけど。それは避けようもない事実だけど。
そしてテーブルに着くと注文をして、俺と一言二言ことばを交わして、それからウォースラと熱心に難しい話をし始める。俺の頭上を飛び交う、意味不明な単語の群れ。はっきり言って、何の話なのかすら分からない。…もしかして、どうせ俺がいたって話の意味分からないだろうと思って連れてきた?なあ、そうなのか?俺の考えすぎか?
仕方がないのでムスリと黙り込んで、メニューの冊子をもてあそびながら、外国語のような二人の会話に耳を傾ける。もちろん理解する為ではなく、あくまでBGMとして。あー声低いな。俺もいつかああいう声出るようになるのかな。
しばらくすると料理が運ばれてきたので、さあ食べるぞーと思ってナイフとフォークを手に取り、遠慮なく目の前の皿を引き寄せた。でもオッサン二人は料理なんて生温いものは知らんとばかりに難しそうな話を続け、その合間にガブガブ濃そうな酒をかっ食らっている。
あれって相当な量になると思うんだけど、ほんとにあの人たち平気なのか?食べ物は?食べ物はいいのか?空きっ腹に酒だけ飲んでると、胃に穴があくって…パンネロが言ってた。
バッシュが話に夢中で目の前の皿に無関心なのをいいことに、ちょこちょこバッシュの皿の中身に手を出したりしつつも、俺は自分の顔が限界まで弛緩しているのを自覚する。話がわからなくてボーッとしてるのは、…まあよくあることだけど、今日はちょっとキツい。食べ終わったらすることがない。メニューで遊ぶのもさすがに飽きた。
俺が死んだ魚の目でボケッと二人の将軍を眺めていると、急に俺のほうを向いた片割れの黒髪が、金髪のほうにちょいちょいと合図をして俺を指差すのが見えた。それに気付いて俺を見た金髪が、ややギョッとしたような顔をして話しかけてくる。
「ヴァン、…退屈なんだな?」
「え、いやあ、まあ。でも腹一杯だし、ここ暑くも寒くもないし、もう言う事ないです。はい」
「すまなかった。すっかり話し込んでしまって…私のほうから誘ったというのに」
「いやいや、俺はホント飯さえ食えればなんでも…ってそうじゃなくて」
いきなり話しかけられて、ポロっと本音を言ってしまって、ひとりでアワアワ慌ててる俺を余所目に、どうやら金髪…もといバッシュは何やら真剣に考え込み始めた。おそらくは、どうすれば俺が退屈しないで済むか、について。そんなことで頭を悩ませるくらいなら、さっさと俺を帰してしまえばいいだけの話じゃないかと思うけどなあ。
「…よし、少し狭いが、出来ないことはないだろう。ウォースラ」
「なんだ」
「まだ出来るか?」
「何をだ」
「アレだ、昔よくやってただろう」
「……ああ、アレか。出来るぞ」
「じゃあ頼む」
何か思いついたふうのバッシュが傍らに向かって話しかけると、ウォースラはその意図をくみ取ったらしく、その場にすっくと立ち上がる。いきなり立ち上がった図体のでかい男に、周りの客は何が始まるのかと好奇心のこもった視線を投げ掛けていて、同じテーブルについている身としては、少々…いや、けっこう居心地が悪い。ええと、まったく関係ない人ですよっていうのは通じない?
「いいか、ヴァン。ウォースラをよく見ていなさい」
「…何すんの?」
「いまから、このテーブルナイフを」
バッシュの言葉が終るか終らないか、くらいの時に、言われたとおりウォースラを凝視していた俺の目は、奴が何かをものすごいスピードで投げたのをとらえた。そして、ほぼ同時に何メートルか先の壁際で、ひときわ大きなビィン…という音が聞こえる。
ザッと音がするほど、客たちが揃いも揃ってそちらを向くので、俺もそれに倣って音のした方を見る。するとそこには掲示板があって、その上に、剥がれ掛けていた…らしいモブ手配書を貫いて、それを正常な位置に縫い止めるように、銀色のテーブルナイフが突き刺さっているのが見えた。まだ反動で震えているから、たった今刺さったものであるのは間違いない。
しばらくシンと静まり返る店内。けれども酒が入っているためか、調子のいい誰かが拍手をし出して、とたんにそれが全員に広がる。耳に痛いほどの拍手。
「…すっげー。なにあれ、ナイフ投げ?あのオッサンすげー。軍人て皆ああいうこと出来んのか?バッシュも出来る?」
周りの拍手に押される感じで、俺も何となく興に乗ってしまう。なにか物凄いものを見たような気になって、やたらはしゃいだ。
「いや、私は出来ない。あれはウォースラの特技で、軍の中でも面白がられていた」
「へえ…訓練したわけじゃないのかぁ」
「練習はしたらしいがな。家で」
「…家で?」
「そう、家で」
俺とバッシュが話している間にもウォースラは、調子に乗った客が次々と持ってくるナイフを受け取っては投げて、これまた客が放ったパンなんかに命中させて喝采を浴びていた。そして気が向いたときに周りに向かって慇懃な、小洒落た礼なんかをしている。気難しそうな男が大きな身体を折り畳んで、無表情のままお辞儀をするのが面白いのか、客たちはそのたびに大喜びだ。…なんかおかしいな。もしかして酔ってる?
「…バッシュ、次は」
そしていきなり口を開いたウォースラは、こちらを向いてバッシュに問いかけた。…なに、それは次に何かやるべきなのか指示を仰いでるってこと?それとも、次の的を探してるって、そういうこと?
「分かった、そうだな、…そこのリンゴでいいだろう」
バッシュはそう言って、手近に置いてあった真っ赤なリンゴを手に取ってかざしてみせる。
…ちょっと待って。ちょっと、バッシュが何を分かってるのか知らないけど、俺的には物凄く嫌な予感がする。ていうか、俺だけじゃなくて周りの人たちも同じ思いを共有しちゃってるっぽい。なんか今まで騒いでたのにシンとしたもんな。多分、俺と周囲の人々の頭の中には、とある同じ光景が浮かんでいるんだと思う。昔、どこぞの弓の名手がふっかけられた難題をほうふつとさせる感じの。
「じゃあ、ヴァン。そこの壁際に立って」
バッシュがそう言ったとたん、周りの空気がざわっとして、俺に同情の視線を送ってくるのが肌で分かる。そんなん思うんだったら止めてくれ!
「…い、いやだ」
「平気だから。ウォースラを信じて」
「無理無理、ホント無理だって!信じられないって!」
「大丈夫だ。私の知る限り、ウォースラが的を外したことはないよ」
「今まで無かったから今日も無いっていうのはオカシイ!ていうか、そんなに言うんだったらバッシュがやればいいだろ!?」
なんとなく、の嫌な予感が的中しそうな気配を感じて、俺は必死にしゃがみ込んで頭をガードする。もうここまで来れば、この後言われることは大体分かる。頭にリンゴ乗せろって言われるんだ!冗談じゃない。人間なんてミスと同棲しつつ生きてるもんだし、さあ投げました刺さりました御愁傷さま、じゃお話にならない。
「…ああ、そう言えばそうだな」
予想外にスンナリと受け入れられた俺の意見に、へ?と思って顔を上げると、そこにはニッコーと気味悪いくらい満面の笑みを浮かべたバッシュの姿があった。…酔ってる。このひと、ぜったい、地味に酔ってる!
「ウォースラ、そこに立てばいいか?」
「臨むところだ」
会話が噛み合ってないし、なんかバッシュはフラフラしてるし、よく見ればウォースラの目は完全にイッちゃってる。なんでこんなになるまで飲むんだよ、いい年こいた大人のくせに…いや、気付かなかった俺もおかしいけど。でもさっきまで真面目な話してたじゃん、あれ?よく聞いてなかったから気付かなかっただけで、あのときはもう酔っぱらってたのか?
そしてアワアワしている俺と周囲を無視して、オッサン二人は勝手に場所を移動して、店のど真ん中とその直線上の壁際に立っている。やめてくれ、ここで流血沙汰起こしたらタダじゃすまないから。ほんと出入り禁止とかじゃすまないから!ていうか誰がここで大道芸を始めてくれと言ったよ?退屈じゃ人は死なないけど、ナイフが刺されば人は死ぬんだ!

そんなことを考えているうちに、ウォースラは手を振り被って、ヒュっという音と共にナイフを投げていた。

ひっ、と誰かが息を呑む声が聞こえて、店全体が何ともいえない雰囲気に包まれる。
ウォースラの放ったナイフは、バッシュの頭の上に乗っかったリンゴをバッチリ突き刺して輝いていた。一安心。でもリンゴを乗っけた間抜けなバッシュは、へらへら笑いながらゆらりゆらりと左右に揺れていて、もう何ていうか危なっかしいことこの上ない。しかもウォースラは二本目のナイフを構えている。
それが放たれた瞬間、気の早い誰かが「あーあ」と呟いたけれども、二本目のナイフも見事にリンゴを貫いた。

シン、と静まり返る店内。そのなかで当事者のオッサン二人だけが動き回っていて、今度は二人で周りにお辞儀なんかをしている。サーカスでやってみせるような、ふざけた感じのアレ。今度は客も喜ぶ余裕なんかなくて、ただひたすら二人の動きを見守るしかない。
そして一通りのお辞儀が終って、ウォースラが周りを見回して、なんで黙ってるんだ?というような表情をした。それと同時に、弾かれるような拍手が店内に響き渡ると、今度は満足げな表情になってゆっくりとテーブルに戻ってくる。
もちろん俺も拍手した。素晴らしいと思ったからじゃなくて、…いや実際には素晴らしいのかもしれないけど、とにかくこれ以上ヒトに刃物を向けてほしくなかったからだ。次はお前、とか言われたら困る。
そして店の客は皆そう思っていたんだろう、今までにない一体感が店全体に生まれ、その後は異常なテンションで宴会が開かれた。お代はいりませんとかいってタダ飯食えたし楽しかったし、まったく言うことはない。バッシュとウォースラが身動きをする度に、客たちが脅えた表情で彼らに拍手を送るのを除けば。

そして店内の乾いた拍手の音を聞きながら、俺は思った。
もう奢ってくれるっていう人にヒョイヒョイ付いて行くのはやめよう。


周りから見た馬鹿の図。
書いてから、ああこれヴァンよりバルフレアのが
適任だったなぁ…と思った。
ヴァンは一緒になって騒ぐと思う。

あと題名からあらぬ期待をした方はごめんなさい(笑)

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